「お帰りなさい」
その言葉で出迎えられた僕らは、そこにある景色に、その空気に心が躍った。まるで田舎の祖母の家に遊びに来たような錯覚。
バスを降りると、そこには、僕らが懐かしいと思える「日本」があった。縁側のある古民家「沼田邸」の庭の周りには、小川が流れ、その周りには白・ピンクのつつじが咲いている。足元には黄金色のタンポポ。淡い紫色の小さなオオイヌノフグリ。豊かな葉を風になびかせる木々。目の前には、田植えが始まって水が張られた田んぼが広がっている。空は雲があるものの、綺麗な青空。日差しが暑いくらいだ。緑が多い土地だからこそ、花や空の色が鮮やかに心に残る。古民家「沼田邸」は、そんな自然と同化していた。
生徒一同は庭を通り、沼田邸の玄関から一歩入る。都会から来た僕らにとって、まさにそこは非日常だった。
土間だ。薪を割って、火をおこして、米を炊く釜戸。藁でできた丸い座布団が並ぶ囲炉裏。使い込まれた黒電話。15畳ほどある畳部屋の居間。吹き抜けになった天井。土と木だけで出来た空間は、僕らを一気に農村の暮らしの日常に引き込んだのだ。
都会では暗いと思われる、自然光の明かりが古民家に入り込む。しかし、そのやさしい光が、生徒たちの顔を穏やかにしていった。古民家の中にできる陰影がなんともいえない。
ニコニコしながらゆったりと話しはじめるNPO法人遊楽(ゆうがく)代表理事の白石智洋さんの挨拶に、「ただいま〜」と応える生徒。里美の豊かな自然のような白石さんの性格が、そのおおらかな話し方から伝わってくる。
「言葉で説明するよりも、実際に里美の自然と肌で感じてください。」そう白石さんは言って、1泊2日の古民家生活は幕を開けた。
渋滞で、お腹の空き具合がピークに達していた僕らを迎えてくれたのは、山菜のおこわ、よもぎの澄まし汁、筍とフキの甘辛い煮物といった、郷土料理たち。
里美村のもてなしに、声を揃えて、手を合わせて「いただきます。」大勢で手を合わせるのは、いつ以来だろう。「家族」という存在を思い出す瞬間だった。バスに揺られてから3時間しか経っていないのに、沼田邸で昼ごはんを食べている頃には、生徒同士が以前から知っている親戚のような感覚があるのがとても不思議だった。それもこの古民家空間の影響だろうか。あっという間に、昼ごはんを平らげ、しばし食休み。天井・壁、景色を眺める人。実際に触れる人。ここに帰ってきた、という感覚が生徒に生まれたのが、何ともいとおしい。
ここで出迎えてくれる人がいるから、迎えてくれる自然と家があるから、地元の人間でもないのに、心があったかくなったのかもしれない。
午後は、夕食の準備のため、4つのチームに分かれた。
一つ目は、蕎麦打ちチーム。「里美ふれあい館」という地元の体験交流施設に移動し、偶然開催されていた里美の祭を堪能した後、地元の蕎麦職人筒井さんから直接指導を受け、夜のみんなの蕎麦を作ることになった。筒井さんは国からも認められるほどの数少ない蕎麦職人の一人。まずは先生のお手本を実際に見ながら蕎麦の作り方を学ぶ。6人の生徒は、目を丸くしながら、粉があっという間に丸くまとまり、鮮やかな包丁使いで蕎麦が出来ていく様を見ていた。
「…これを、自分たちでやるんですか?」。職人の鮮やかな作業を目の当たりにしてちょっと戸惑い気味の生徒たち。恐る恐るそば粉を手で混ぜ、形をつくっていく。が、思い通りにならない…。見るのとやるのとではまったく異なる。
そば粉が指にくっついたり、打ち粉が足りなくて生地を伸ばす作業をやり直したり。味の悪い蕎麦を作ってみんなから文句を言われたらどうしよう…。そんなプレッシャーを感じながら、先生の力を借りて「切る」工程に慎重に入っていく。しかしながら、一本一本がどんどん太くなるそば。悪戦苦闘しながらそばを作り上げる生徒は本当に集中し、黙々と作業を行っていた。そばができあがると、そばづくりの業の深さ、綺麗に作る職人の技に感嘆の声があがった。
2つ目は農作業チーム。この里美で有機農業を実践している“野良の会”のひとり、北山さんの田んぼで、草取りを行なった。北山さんは、この里美に移り住んだ移住者でもある。不耕起栽培で米を作っているため、草取りは田植え前の大事な仕事だ。みんな田んぼに入るため、裸足になり準備万端。
一歩踏み込んでみて、みんなびっくりした。おたまじゃくしの数が半端じゃない。これは田んぼが無農薬である立派な証拠だ。耳を澄ませば、いろんな蛙の鳴き声も聞こえてくる。水の中を覗き込めば、タガメやヤゴ、ゲンゴロウなどの虫たちも自由に泳ぎまわっている。蛇にはさすがにみんなびっくりしたけれど、ここには、生態系が存在していることを感じることができる。生物多様性社会、環境保全型農業、食育の推進、言葉にすると難しい政策の中に登場する言葉たちが、ここには確かに、そして当たり前に存在している。
気がつけば、みんな夢中で、草を採っていた。やらされている感覚などまったくなく、みんな使命感を持っていたと思う。田んぼが綺麗になったときの、北山先生の「ありがとう」で、全員が笑顔になった。
そのあと、北山先生の鶏小屋で明日の朝食のための卵をとった。親鳥たちが騒ぐ中、卵をいただく。僕らが日常食べている卵は、鶏の子供。そんな当たり前のことは、当然わかっていたけれど、理解していなかった。食とは本当に、命をいただくことだということ。
汚れた足を綺麗な小川で洗って、短い時間だけれど農業体験は終了。とても疲れたけれど、農家の人たちは、毎日作業している。そうやって食のありがたみを感じたとき、今夜の夕食がとても楽しみになった。
3つめは食器作りチーム。夜の食事用の竹皿とコップ、竹箸を作る作業だ。のこぎり、やすりをつかい、竹から形を作っていく。男女問わず、のこぎりを片手に、ぎぎぎぎぎっぎぃ〜。「里見発見団」という地元の地域活性化団体から助っ人にきたおじさまが、これまた鮮やかに竹を割き、形を作っていく。さすが、その土地に生きる人。扱い方になれている。
生徒は、普段のパソコンのキーボードを叩く代わりに、のこぎりとナタを持ち竹を割っていく。あぶない手つきだが、小学校の図工の時間のように生徒たちは目を輝かせながら竹とふれあい、食器を作っていった。特に、竹箸は自分のものとしてその後使えるので、みんな自分の手の大きさに合わせて時間をかけてつくっていく。竹のコップも、飲み口が痛くないようにやすりで丸く仕上げていく。
僕らは日々商品を買い日常を暮らしている。そのせいか、竹細工のちょっとした工夫に、「なるほど」という声が漏れる。ちいさな発見がこのツーリズムにはたくさん隠れていた。初夏の陽気の中、額の汗をぬぐいながら、竹のそれぞれの形を生かした食器たちを作り上げていった。
そして4つめは、山菜摘み。畑と田んぼが一面に広がる景色を横目に、山菜摘みの山へ向かう。道端に咲く小さな花や草を見つけるたびに足を止め、「これは何の花だろう?」なんて会話が飛び交う。普段アスファルトの隅に咲く花なんて気に留めたことなどなかったのに、これもこんなのどかな景色のおかげだろうか。思わず優しい笑みをこぼしながら、山に続く道を草花片手に歩いて行った。
だんだんと食べられる山菜が見えてくる。ぜんまい、わらび、せり、たらの目、山椒・・・
地元の方にひとつひとつ説明を受けながら、思わず「どうやって食べるとおいしいですか?」なんて質問も欠かさない。
短い時間の中で一体何種類の山菜の名前を覚えただろうか。普段は料理された状態でしか目にすることのなかった山菜は、道に生えている状態で見つけるのはなかなか難しい。
ほとんどの山菜は時期的にみんなで食べるほどの量は見つからなかったが、唯一たくさん生えていて、1番見分けがつきやすい山の水菜をたくさん摘んだ。横目に川のせせらぎを感じながら、涼しい山道を登る。とても気持ちの良い時間だった。
今度は裏庭に生えている竹の子掘り。鍬(くわ)とスコップを担ぎ、ひょこっと顔を出す竹の子を根元から掘り起こす。竹の子掘り初体験の人も多かったようだが、「思っていたよりも重労働だ!」なんて満面の笑みで汗を拭う姿や、ようやく竹の子を掘り起こした瞬間くしゃくしゃな笑顔で喜ぶ姿は、もはや少年・少女の笑顔だった。
体験発表会が始まった。午後に各チームで体験したことを発表していく。プロジェクターを使って、デジカメで撮影したものをスライドショーで生徒たちがかわるがわる説明。
蕎麦、山菜、農作業、食器。それぞれのチームでしか味わえなかった体験を自慢するかのように発表していく。その体験で知った知識・感じたことを素直な気持ちでみんなに共有する姿は、健全な「学びの場」であったし、このツアーの醍醐味でもあると感じた。観光として、楽しむだけでなく、現地のことを知るツアーの本質がこの発表会にあった。
そして、発表後はそのまま夜の夕食・交流会に。昼に作った竹の食器にビールが注がれ、山で採ってきた山菜が天婦羅にされ、太さがまばらだが、味は絶品の蕎麦がゆでられた。
自分たちが体験し、作り、それを食す。その感動は都会の日常では味わえないものであり、きっと心に残るものに違いなかった。
食事をしながら、里美の土地に移り住んだ北山さんの話を聞く。海外生活13年を得て、里美で農家をすることを選んだ北山さん。自然農法を営みながら、鶏を育て農家の卵を販売し生計を立てている。いまの自給率、いまの食べ物について、実際に自分で食べ物を作っている方からの話は、都会に住んでいる僕らにとっては耳が痛い。いま目の前にある食べ物の命に、ありがとう、という気持ちが自然と湧き上がる。
この里美は、昔は子供の数が一学年140人いたのが、いまは全体で40名ぐらいだという。集落の未来が心配になった。今こうして里見の自然と人の暖かさを感じているが、それが僕らの時代で終わってしまうのではないか、その危険も感じられた。
いまある里美の資源を保ち続けるために、観光としてのツアーではなく、今回のような交流をメインとしたツーリズムが今後大切になってくることを改めて実感した。騒がしい夜が、静かな夜へと変わっていく。
ひんやりとした空気の中、7:30に起床。寝ぼけ眼の人、朝から散歩をしてきた人。さっそくの朝食は、炊き立ての白いご飯に、きゃらぶき(サツマイモの茎)と豆腐の味噌汁、納豆、昨日採ってきた卵、のり。シンプルだが、美味しい。久しぶりに朝食を食べた、という人もいた。ご飯がすすむ。卵ご飯は絶品だ。
9:00になり、プログラム4「里美自由時間」がはじまった。自由時間とはいえ、いくつかコースがある。野草でお花、善福寺で禅、滝、温泉。この中で人気だったのは滝の見学だった。自然を感じ、癒される旅だかろうか。続いて禅。 僕が参加したのは、沼田邸に残ってお花体験。とはいっても、みな好き好き。昼寝をしたり、五右衛門風呂に入るために、薪を割って火をおこしたり。
僕は自転車にのって、ひとり里美の村を少しサイクリング。幸い天気も回復し、快晴のなか、農道をのんびり走る。こいのぼりも気持ち良さそうに空を泳いでいる。風を切るのは気持ちがいい。そうだ、今日は5/5、こどもの日。端午の節句を楽しむかのように、一人自転車をこいでいた。途中、活けるお花用に、道路の脇に生えている花を摘む。やまぶき、たんぽぽ、蓮華草…名前はわからないが、綺麗な形のものをつみとっていった。帰り際、たんぽぽの綿毛が走る自転車から逃げ出すように飛んでいった風景は、このさとみで自転車に乗っていた僕しか体験できないものだった。
沼田邸に戻り、思い思いに花を生けていく。器は昨日作った竹の食器。石を使ったり、竹を重ねてみたり。個人の感性がそのまま出るのがおもしろい。あっというまに、沼田邸の居間は個性溢れる生け花で一杯になり、昼の食卓に彩りを添えた。
皆が各体験から戻ってきたところで、餅つきの開始。うすと杵を始めてみる人もいた。普段、ビニールに小分けにされた、きりもちしかしない都会人が、もち米をついて餅を作る。あつあつに蒸されたもち米をうすにいれ、杵でまずこねていく。スピードが大事。要領よくこねていき、いよいよ突く段階へ。なれない手つきで、二人一組で突いていく。自然と「よいしょ〜」と掛け声がかかる。タイミングがあわず杵がぶつかる人、うすを打ってしまい、白いもちに木屑を入れてしまう人。はじめてする作業なのに、一体感が生まれ、うすの周りは笑顔で溢れていた。
仕上げを地元の方が行い、突きたてのお餅は、なっとう、大根おろし、しょうゆ、砂糖醤油味に。自分たちで作った餅だからこそ、なおさら美味しい。つるりとした食感、伸びるもち。気がつけばおなかが一杯になるほど食べつくしていた。
おなかが一杯になり、のんびりと昼の時間がすぎたところで、東京に帰る時間となった。なんだか名残惜しい。このまま、居間で昼寝をしたい。みんなそんな気持ちになっていたはずだ。
気がつけば、今回のプログラムは、特別なイベントをしたという雰囲気が無いことに気づく。なぜなら、山菜を採ったり、田んぼの草をとったり、お花を摘んだり、滝を見たり、ということは、農村からしたら日常的にあること。そこの土地にあるものに触れ、そこに住む人たちと会話をし、そこにある空気をいっぱい吸った。ただそれだけのことだった。
しかし、気持ちも体も充実しているのは、この素朴な里美の自然があったからだ。生徒も楽しかったという声ばかりでとても満足そうだ。
人のためになにかを作るのではなく、人が自然に近づくだけ、こんなにもやさしい気持ちになれ、楽しめるとは思わなかった。純粋に素直になれる時間。それが里美の魅力だ。イベント性があるから、そこにまた行くのではなく、何も無いけど日本人のDNAがそこを訪れたいと思っているから行く。その土地に住む人・自然に触れたいから行く。その感覚が生まれたらこの関東ツーリズム大学のツアーは、成功だと思う。一過性のイベントとしてではなく、地域との交流の架け橋を担うものとして、また地方に行きたい、いや住みたい、そう思える人が増えてくれたら嬉しい。
帰りのバスは、各々の体験の話をする人、すやすや眠る人。思い思いの時間をすごし、茨城ツーリズムは無事幕を閉じた。
地域資源、有給資源を活用しながら、地域活性活動を行なっているNPO法人。空き家となり崩壊しかけていた古民家を再生し、都市と地域の交流の場として活用している。先駆的な社会貢献型事業モデルとして、2008年総務大臣賞を受賞。クオリティの高い体験サービスを提供するためメンバーは地元と東京の人間で構成されている。常時、古民家での宿泊や田舎体験プログラムを提供している。
予約・お問い合わせ
TEL:090-3914-5337(代表白石)
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白石智洋

里美発見団

里美の有機農家